「崖」「竪の声」

  • まっさかさまに

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。

とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場所のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

石垣りん、「崖」部分、『表札など』)

「暗黒(肉体)は光を食って生き
光(魂)はそれ自体の内部を生きている」

  この賢者の言葉も
  蒸留器か暗箱の比喩みたいだと思う
  わたしは注文があれば 三脚を担いで
  断崖の上に立つ
  そして「すがる乙女」を撮った

吉岡実、「竪(しゅ)の声」部分、『薬玉』)

  • もれている

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。

十五年もたつというのに
どうしたんだろう
あの、

石垣りん、「崖」部分)

  −−おかあさん あれはなんですか
  −−碾臼だよ
  −−では孔のあるところから もれているものはなに
  −−時間だよ

吉岡実、「竪の声」部分)