memo

『ラスト・コーション』色・戒(英題 LUST, CAUTION、2007年、中・米、アン・リー監督)

昔の上海っていうのは、こういう感じの街だったのだろうか。日本占領下の上海。祖国を裏切って力を手にしている特務機関の男と自らの恋を抗日運動という使命として生きようとする女。女は信じさせたい、男は信じたい。二人の動きを監視しているはずの、それ…

『九鬼周造随筆集』(菅野昭正編、岩波文庫、1991年)

岡倉天心(岡倉覚三)、大友兵馬、橋本雅邦、川端玉章、沢瀉久孝、ニイチェ、ギュヨー、コロー、武林文子、松田文相、カント、ポール・ヴァレリイ、西田幾多郎、天野貞祐、落合太郎、ヒルティー、モンテーニュ、メーヌ・ド・ビラン、プラトン、フォイエルバ…

四方田犬彦『翻訳と雑神』(人文書院、2007年)

詩集『Ambarvaria』の作者はその晩年、ギリシャ語と漢語の比較研究に没頭し、同僚や弟子を二十年以上にわたって悩ませ続けた。しかしそれは西脇順三郎の詩業と無関係な営為ではなかった。そこには「完全にして純粋な言語、永遠に到達不可能なユートピア言語…

山内志朗『〈畳長さ〉が大切です』(岩波書店、2007年)

誤謬の自己訂正や安全性・安定性に寄与するものとしての冗長畳長性から、偏差や新しさが認識できるようになる可能性の条件としての畳長性、そして生物の多様性の基体としての畳長性まで。主に情報理論で扱われるその範囲をコミュニケーション論から存在論や…

おお言葉よ、意味がない!

シニフィエが消えた記号には意味がない?いやそうではない。その空虚な記号から生まれる意味作用のうちに、むしろ意味は横溢するのだ、というようなことは、これまでに何度も目にし耳にしてきた気がするけれど、こうしてあらためて佐々木氏にいわれてみると…

武庫川

今その心ばへをまうけていはば。世にたふときひじりのあらんに。いみしく盛なる花紅葉の本にはしばし立よりて。あなめでたといひ思ひ。又道かひにておかしき女にゆきあひては。目も見やらずして過行めり。この二ッをおもふに。花もみぢも同じこのよの色香な…

カエデ、こうかふこうか、大蛸に教えられ

「楓」を「かえで」と読む人は今でも多いが、この字は中国ではマンサク科のフウ(英名や学名ではLiquidamber)の名前で、日本でいうカエデ類(英名ではmaple)とは縁もゆかりもない植物である。今では日本でも街路樹などによく植える植物だが、当時の日本に…

W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』(鈴木仁子訳、白水社)

それでもおりおりは、思考の流れが頭の中でくっきりと鮮明な輪郭を取ることもないではありませんでした。でもそうなればなったで、こんどはそれを書き留めることができないのです、鉛筆を握ったとたん、かつてあんなに安んじて身を任せていられた言葉の無尽…

オルハン・パムク『父のトランク』

文学中毒者は文学を、生命を救うためにではなく、いま生きている困難な日々から救われるためにのみもとめるのです。日々というものは常に困難です。何も書かないために人生は困難です。何も書けないために困難です。そして書いたが故にも困難です。なぜなら…

アドルノ『否定弁証法』

既存のもののカは、意識が突き当たって跳ねかえされるような正面(ファサード)を築き上げる。意識はその正面を突き破ろうと企てねばならない。それだけがイデオロギーから深遠さの要請を奪い取ることになろう。こうした抵抗のうちにこそ思弁的契機が生きつ…

『宇宙を哲学する』

前著『パースの宇宙論』への入門編、基礎編といったあたりか。近代の自然哲学を現代科学とは完全に異質なものとしてあっさり切断してしまうのではなく、その離反と近接、連続と不連続を同時に視野におさめながら、しかし妥当的側面と容認しがたい側面との見…

『アドルノの場所』『プリズメン』『アドルノ』

さて、アドルノの「自然史」という理念は、つねに新しいものの生起によって特徴づけられる人間の歴史的世界と、太古からそこにある反復する神話的な自然の世界とが、分かちがたく絡まりあっていることを、自然を歴史として、歴史を自然として把握するという…

『遊歩のグラフィスム』

名刺箱というBekanntschaftの迷宮の話から、ポルボウの断崖にあるダニ・カラヴァンによるモニュメント彫刻「パサージュ」まで。 人は他の存在と直接に知り合いとなる機縁は限られているから、とベンヤミンは考えた。迷宮の入口となる「原型としての知り合い…

そうだったんだ

出会うべきものは、出会うべきときに、じつは出会っている。そのことに、気がつけるかどうか。(11月2日追記)駅への道を下っている。今夜あたりは冷えそうだなと思った瞬間、カラスの羽ばたきの音。そして重なる鳴き声。見上げると二羽のカラスがちょうど頭…

『アドルノ』

第4章をもっともおもしろく読んだ。以下はメモ。・全体性、他性の排除、客観の優位 アドルノは全体性を肯定的に使用することに敵意をいだいていたわけだが、それだけに彼が音楽に関してはこれほど歴然とそれに好意的であるのを見て、意外に思われるかもしれ…

『偶像の薄明』

私の最も内面の本性が私に教へてくれるところでは、一切の必然的なものは、高処から見た場合、そして大きな経済の意味では、同時に有益なものそのものなのである。−−人はそれを堪へ忍ぶだけではなく、愛さなければならない……「運命愛」 Amor fati これが私の…

文学教育

まだ全部読み切ったわけではないが、『日本文学』(8月号・特集「文学教育の転回と希望」を受けて)を久しぶりに面白く読んだ。2点だけ紹介する(以下、敬称略、また傍点や網掛けによる強調はイタリックに変えてある)。 村上呂里「ナショナルをめぐる〈声…

仮定法と進行形

ある女の子はスカートが短いからこそ爽やかである、ということがありうる(彼女の性的な魅力がその爽やかさによって抑えられてしまう、といったことなく、である。たとえば紺野真琴のスカートがもう少しでも長かったら、あのジャンプの爽やかさがあっただろ…

ドゥルーズ『意味の論理学』

自由な人間だけがただひとつの暴力においてすべての暴力を理解することができ、ただひとつのできごとにおいてすべての致命的なできごとを理解することができる。このただひとつのできごとは、偶然の事故が起こることを認めず、個体における恨みの力と、社会…

鈴木道彦『越境の時 一九六○年代と在日』

フランス文学、アルジェリア戦争、日韓条約、ヴェトナム戦争。この本を読むと、コミット(メント)やアンガージュマンといった言葉の実質的な意味が、よくわかる。李珍宇(小松川事件)や金嬉老事件に関わった著者の経験はしかし、様々な過去の事例が成功や…

「崖」「竪の声」

まっさかさまに 美徳やら義理やら体裁やら 何やら。 火だの男だのに追いつめられて。とばなければならないからとびこんだ。 ゆき場所のないゆき場所。 (崖はいつも女をまっさかさまにする)(石垣りん、「崖」部分、『表札など』) 「暗黒(肉体)は光を食…

『カルヴィーノの文学講義』米川良夫訳

時計がシャンディの最初のシンボルなのだ−−と、カルロ・レーヴィは書いています−−。その影響の下に彼は生まれ落ち、彼の不幸が始まるのだが、それはこの時間の象徴物と一体のものなのだ。死は、ベッリが語ったように、時計のなかに潜んでいる。そして生きる…

山本義隆『一六世紀文化革命1・2』asin:4622072866

印刷革命、言語革命を中心に漁り読み。ルネサンス期にはスコラ学とも人文主義とも異なる文化潮流が生まれていた。文書偏重の学から経験重視の知へ、あるいは定性的自然学から定量的物理学へ、これら17世紀の科学革命につながる態度変更を実質的に担ったのは…

『カフカの「城」』『タイム・オブ・ザ・ウルフ』『隠された記憶』

最近見たもの。 『カフカの「城」』(1997年、ミヒャエル・ハネケ)……延々と中絶。右から左へ、左から右へ。画面を横切り続ける測量技師K。開けのない限られた空間を切り取るカメラはまた移動と固定のバランスの妙でもって空虚で不条理な世界を描出する。小…

角山栄『時計の社会史』

申合セ 「其ノ地方ノ工場*1ニ於テ始業終業ノ時刻ハ予メ工場ノ規則ヲ以テ定メタルカ故ニ、此規定以上ノ労働時間ヲ延長セントスルトキハ、時計ノ針ヲ後戻リセシムルコト屡々之アリ、此場合ニ於テ若シ一工場ニテ汽笛ヲ以テ終業時刻ヲ正当ニ報スルコトトセバ、他…

ミッシェル・セール『小枝とフォーマット』

父と子 私はこの早生児、この養子と出会ったことに感謝している。少なくとも私は、最大の弱点に関しては彼と似通っている。つまり、息子は常に正当であるとは限らず、すべてを知っているわけでもなく、探し求め、つまずき、さまよい、間違い、引き返し、そし…

袁枚『随園食単』青木正兒訳註

本末 粥と飯とは本(もと)であり、余の菜は末である。本立って道生ずるわけであるから、飯粥(はんじゅく)の部を作る。 (1)飯 王莽(おうもう)がいう「塩は百肴の将」と。余はすなわちいわん「飯は百味の本」と。『詩経』に「之ヲ釈(と)グ叟叟(そう…

『桜桃』

夜、サクランボを食す。 あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ちさらでのみ住み果つる習ひならば、いかに、物の哀れもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。 命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあ…

ウジェーヌ・フロマンタン『オランダ・ベルギー絵画紀行』(高橋裕子訳)

ヴァン・ダイクに関する部分*1を中心に拾い読み。以下は、メモ。 ヴァン・ダイクがそうであるように、すべて息子にあたる存在は、父親にあたる存在の特徴に加えて、一種の女性的特徴を有しているものだ。これが父親から受け継がれた特徴をいくぶんか装飾し、…

『ホイットマン自選日記(上)』杉木喬訳

潜んでいる ただ一人、このような静まり返った森の真中にやって来て、あるいは荒涼とした大草原や山の中の静けさの中にあるような、孤独の静穏さや寂しさの中にいるとき、人間が、誰かが現われはせぬか、地面の中から、あるいは木蔭、岩の蔭から飛び出しはせ…