『灯台守の恋』


戦時の公的の名のもとに行使される暴力はしかし、平時の私的な領域においてこそ傷痕を残すものなのかもしれない。監督は『マドモワゼル』のフィリップ・リオレ。始めと終わりの現在時でもって過去をサンドウィッチにしているのは前作と同じ趣向。その『マドモアゼル』には、小道具としての「灯台」の模型が、また「灯台守」の戯曲が、作品に収まりきらないほどの挿話として出てきていた。沖に大きな灯台のある小さな島に、一人の女性カミーユ(アン・コンシュイニー)が帰郷する。父母も亡くなり、空き家になった家を売却するために。叔母が久しぶりに鍵を開けてみると、母親宛てに、そのジュマン灯台を表紙にした一冊の本が届いていた。カミーユは本を読み始め、はじめて父イヴォン(フィリップ・トレトン)と母マベ(サンドリーヌ・ボネール)と本の著者アントワーヌ(グレゴリ・デランジェール)との間にあった出来事を知る。翌日、彼女は家を売ることをやめにし、90年代に自動化され、今は灯台守とその仕事を記念する施設にもなっているジュマン灯台に、あらためて自分のルーツを確かめにいく。
1963年、ブルターニュ地方の辺境ウェッサン島に、アルジェリア戦争で負傷した帰還兵が灯台守の助手としてやってくる。そこは厳しい自然条件に耐えて生きるべく、人々の共同体的結束の強い排他的な土地柄。村人たちは早速アントワーヌを追い出しにかかるのだが、彼を救ったのは、自分もかつては余所者だったイヴォンだった*1。映画は、男と男のあいだに生まれる友情を軸に、それにヒビを入れることになる男女の恋愛をからめている。そのひとつのクライマクスが祭りの夜、イヴォンが灯台からあげる花火のもとでのマベとアントワーヌの情交であるが、その突然を必然とするべく、ちょうど着火から爆発に向けて導火線を伝う火花をなぞるように(むろん複線的にだが)、ふたりの心の機微を映しだす前半がある*2
ぶつからない程度に近くまで寄せた船を、襲いかかる風濤に抗いながら定位置に保つことも並大抵ではないが、その大揺れする船の上から人力で巻き上げるロープにぶら下がってアクセスするしかない灯台。その最上部までを洗う波の猛々しさ、斜塔にしてしまいかねないほどに容赦なく畳みかけてくる烈風。そんな荒海に屹立する灯台の神々しいまでの美しさ。灯りに目が眩んでか、突風に煽られてか、灯台の強化ガラスに突進してきたカモメをアントワーヌが拾いあげ、はるか彼方に微かな光を孕んだ鈍色の空に解き放つ場面がある。そしてこの地を去ることを決めたアントワーヌが思わず負傷の経緯を洩らす場面は、その内容が少なからずショッキングであり、映像にはされていないものの、陽光の降りそそぐ屋外でイヴォンの誕生を祝う親しい仲間が食卓を囲んでいる最中のことでもあり、その暗く陰惨な光景が、かえって強く脳裏に刻まれる*3
『L'EQUIPIER』、2004年、仏、Philippe Lioret監督作品。

*1:イヴォンが共同体になじめず、子供のいない結婚生活に満足していないことは、灯台での仕事の余暇に精を出す椅子づくりや花火の打ち上げなどに示されている。

*2:缶詰工場への行き帰りを共にする時間、イヴォンとマベの家からのアントワーヌの引っ越し、また入隊前には時計職人だったアントワーヌは、マベの父親のミニチュアのアコーデオンやイヴォンの壊れた腕時計を修理しており、そうした過程において、ふたりの交感は描出されている。

*3:アントワーヌは農民を拷問するために圧搾機を使っていた。が、ついに嫌気がさし、これ以上できないと断ると、今度は上官たちが彼の手をとって…。