『黄色い雨』


黄色い雨

黄色い雨


独りで死を迎えようとしているあなたの記憶のなかのいちばん暗い夜を思い出せるだろうか不眠の時間に心臓のうえに降りつづける砂玄関のポーチにある長椅子人から忘れられた川くつろげる場所台所あなたよりも長く生きつづける幻影ベッドをそっと抜けだしていく妻子どもの頃の遊び場風が押し殺す孤独の悲鳴鳥父親が明け方まで眺めていた夜空雌犬とその兄弟写真瓦礫妻の魂であるロープ毒蛇墓石ハリエニシダ家を出て行った息子霧に覆われた森苦しい息づかいの幼い娘キイチゴの茂み教会果樹園のリンゴの古木幾つもの黒い影木霊パチパチと音をたてて燃える暖炉の火錆手紙白蟻壊れた鏡苔堆く積み上げた石ころ黴母親イラクサ彷徨い歩く亡霊猟銃の弾沈黙の夜明け腐敗雪の重み途切れた道下弦の月の夜に切った木しかしアイニェーリェ村にはあなたしかいないポプラの枯葉色の影「たったひとりで死と向き合っている」黄色い雨そして夜はあなたのために…
訳者もあとがきで書いているように、悲惨で絶望的な話なのに不思議に透明な美しさが漂っている作品。このあとがきは、マドリ郊外のアルカラー・デ・エナーレスという町にあるセルバンテス書店のおやじさんとの交流が描かれていて、現代スペインの出版状況や読書事情が窺える楽しい読み物になっている。「スペインでは出版社や作家がたとえ地方の小さな書店であってもとても大切にしているのだと感心させられた」とか。