『プレーンソング』


プレーンソング (中公文庫)

プレーンソング (中公文庫)


でもやっぱり肯定することの至福を描きえたという点では、これにとどめをさすんじゃないか。

「さっきからずっとそうだけど、みんなが馴れないところに来てて、いろいろまわりを見回したり、いつもより頻繁に顔を見合わせたりしてるのって、いいですね」
 と、たった今ぼくたちの前を通っていった男と関係ないことを言った。わざとなのか自然とそうなのか、ゴンタの関心というのはいつも、みんながそろって何かに注目している対象にはなくて、そうなっている状態そのものに向かってしまうので、何か一つの変わったものを拾い出すという風になることがまずない。だからしゃべりつづけていた彼がぼくたちの前を通っていったときも彼を撮るというよりも、それを見ていたぼくとよう子を撮っていたらしかった。
 そんなことをしているうちにみんなそれぞれに自分のテンポのようなものを取り戻していて、一番端にいた島田はすでにごろんと寝転がって眠りにかかっていた。島田がすぐに眠り出すのはいつものことで、だからそれが本当にいつものテンポになったことの象徴のようになっていたのだけれど、一人アキラだけが様子が違っていて途中の車の中のようにはしゃぎまくらなくて、ただぼんやりと海を見ていた。
 そういえばアキラは車から降りたときにはもうすでに静かになっていたような気がするし、よう子が着替えてきたときに「イヤア」と言って見せた言い方もいつものようなからだごと押しつけてくるような言い方ではなかったようにも思えてきた。アキラの目の焦点は、波に乗ってくるサーファーを追ったり、それより沖を横に動いていくウィンド・サーフィンを追ったり、沖からこちらに飛んでくる海鳥を追ったりしていて、その合い間にたまにぼくたちの方を見たかと思うと、また波打ち際を眺めることに戻っていく。よう子も変に思って、
「アキラ、君」
 と「君」のところに力を入れて呼びかけてみると、アキラは、
「うん?」
 と、いつもの新劇の芝居のような笑いではない、とても素直な笑顔でよう子の方に振り返った。それからよう子は、
「何してるの?」
 と、訊いたというよりも話しかけた。