『愛より強く』


トルコ系ドイツ人たちが主人公のタフな恋愛劇。ライヴハウスで掃除係をしている中年男はアル中でヤク中だ。意識の朦朧は男の絶望を押しとどめきれない。自分を自動車ごと壁にぶつけるが死ねない。運び込まれた入院先で、方法はいろいろあるのに、どうして壁なんだい? 自殺しないでも人生を終わらせることができる、人生をやり直せばいい、と忠告してくれた精神科の医師に、言ってもいいですか? 先生はイカれてる、と男は返す*1瓢箪から駒。男はやはり自殺未遂で収容されていた若い女性から結婚してほしいと頼まれる。なぜ? トルコ系だから。抑圧的な家から解放されるために女が必要とする偽装結婚を男はついには受け容れる*2。そしてしかし二人はそのあと二度、生まれ変わることになる。自分をも相手をも壊すところまでいかないと自分の気持ちも相手の気持ちも確かめられない男と女。彼らに嘘から誠が出てしまうのだ*3ハンブルクからイスタンブール*4。衝動のままに振る舞いながら、快楽なんかでは到底満足できない。男女は、互いに必死になって異性になろうとしているかに見える。あるいは単に死にたいのか。しかし偶然からか、それぞれに生を選択することになるふたり。Are you strong enough to split both of us? 男が女に逢おうとして彼女の従姉にその近況を訊ねるとき、互いの言葉に自由でない彼らの会話は英語になる。Are you strong enough to destroy her life? 女も男も待つのは苦手だ。過去と未来を振り分ける「男の故郷」行きのバスが出発する正午は、「〜からの自由」から「〜への自由」へと移行するときでもある。再再生に向けての落ち着いたラスト。動から静へと情動はその振幅を減衰させていき、夜(人工光)から昼(太陽光)へと映像はその中心をシフトさせていくのだが、つねに相応しい音楽が(パンクからフォークまで)それらに寄り添っている。フェイドアウトの代わりのようにしてトランジションにトルコの伝統音楽を歌い奏でるシーンが差し挟まれる。ペルシャを越えて遠くインドあたりにまで届きそうな調べ。原題は「壁に向かって」くらいの意か。英題は「がっちんこ」な感じ。映画は、男女のあいだにあるけっして越えられない壁を描いているような、また両性に共通する言葉では埋まらないある種の欠如を(言葉では追いつけないある種の過剰を)描いてもいるような。
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原題『Gegen die Wand』(英題『Head-On』)、2004年、独・土、ファティ・アキン Fatih Akin 監督作品。

*1:医師は、ザ・ザ〔The The〕というバンドに「世界が変えられないなら、君の世界を変えろ」という曲がある、レコードを貸す、と言ったのだった。

*2:この過程で、男には結婚歴があり、妻と死別していたことが明らかになる。

*3:「叔父」にまでね。

*4:そういえばイスタンブールでタクシーに乗った男がハンブルクから来たと知って、俺もミュンヘンからゴミのように捨てられたって、若いドライヴァーがボヤく場面がありました。バヴァリア人か、と返す男に、前世はね、今はトルコ人、って。