『約束の旅路』

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第七藝術劇場
たくさんの母に愛されることの幸運とたくさんの母を愛することの幸福を描く。母だけでなく父も複数用意されていて(「故郷」の複数性)、養父、養祖父、ラビといった「父」たちとの協働によって誇り(自立)、分かち合い(共生)、正義(他者に対する責任)が培われる。やや叙情的にすぎる部分がないわけではないが(音楽は最初からもう最後でしたし)、エチオピアユダヤ人(ファラシャ)を騙って生き延びねばならなかったひとりの少年シュロモが自分自身を確認/発見していく姿を通して、イスラエル国家を構成する様々な出自をもつユダヤ人たち、その苦難の過去から現在にいたる複雑な文化事情、内外における差別と抗争の歴史(モーセ作戦、インティファーダ湾岸戦争オスロ協定締結、ラビン首相暗殺など)を垣間見ることができる。
主人公はその年齢に応じて3人の俳優によって演じられ(その同一性はシュロモの右眉端にある傷によって保たれている)、彼らはいずれも3カ国語を自在に操るのだが、俳優や使用言語だけでなく、声の力や文字の力のそれぞれにも目配りがあり、扱われる映像媒体も複数であって、総じて映画は異質なものの混交が意識されていて、それは監督がイメージというものがもつフェイク性に自覚的であるからこその方法的選択であると思われる。ユダヤ教創始者としてイエスの名を口にし、アダムの肌色が白でも黒でもなく赤であったと論証し、神を月に喩えてみせるシュロモ個人の造形に、キリスト教イスラム教との融和的共存が託されている気もするが、宗教よりは教育/科学的知見が、やはり未来への望みのようだ。シャロムを演じた3人もそれぞれにいいが、義母ヤエル役のヤエル・アベカシスがすばらしい。
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『VA, VIS ET DEVIENS』、2005年、仏、ラデュ・ミヘイレアニュ監督作品。